ALPINE SKI WORLD CUP 1999/2000
Bormio (ITA). Final. Women's Overall
Women's Downhill
Women's Super G
Women's Giant Slalom
Women's Slalom

Final/M-W_Overall Final/W-OA
ワールドカップ1999/2000総合優勝
女子・レナーテ・ゲッチル(AUT)、男子・ヘルマン・マイヤー(AUT)
女子総合、中・1位、レナーテ・ゲッチル、左・2位、ミカエラ・ドルフマイスター
右・3位、レギーネ・カバニュー

 3月16日、ボルミオで行なわれたワールドカップ最終戦のスーパーG第8戦で優勝したレナーテ・ゲッチルは、その時点でワールドカップ1999/2000の総合優勝を決めた。追いすがるミカエラ・ドルフマイスター(AUT)を341ポイント引き離しての初の総合優勝である。

 今季のワールドカップ女子のシーンは最初から波乱含みのスタートだった。昨年の覇者アレキサンドラ・マイスニッツァー(AUT)は11月26日、レーク・ルイーズ(CAN)の滑降トレーニングで怪我をして早々と姿を消した。代わりに登場したのが同じオーストリアのドルフマイスターだったのだが、シーズン後半勢いが止まりゲッチルの後塵を拝す結果になった。最初から初優勝者が続出した今季ワールドカップは、ベテランのゲッチルが活躍するチャンスはなかなか巡ってこなかった。ゲッチルが今季の初優勝を上げたのは、年が明けて1月16日、アルテンマークト(AUT)のスーパーG第4戦だった。それを契機に猛チャージを開始したのである。スーパーG3勝、滑降でも2勝をあげ、種目別のスーパーGのタイトルをも手中にした。滑降でも総合優勝の可能性はあったが、レギナ・ホイスル(GER)にわずか5ポイント及ばずタイトルを逃した。
 レナーテ・ゲッチルはオーストリア・スタイヤーマーク州シュラドミングの近く、オブダッハにある農家の娘とし1975年8月6日に生まれた。彼女のワールドカップデビューは1993年3月、シュラドミングにあるスキー高校在学中に、ハーフィエル(NOR)で行なわれたリルハンマー五輪のプレ大会回転で、ワールドカップ初出場、しかもゼッケン42番スタートで初優勝を飾った。17歳だった。技術系のレーサーとしてスタートしたゲッチルだったが1年後、サン・アントン(AUT)で行なわれたアールベルグ・カンダハー女子滑降で2位に入賞し、回転でも4位に入り、コンビで優勝を飾った。いつの間にかスピード系レーサーに変身したレナーテは、翌95年、地元フラッハウで行なわれたスーパーGで高速系でも初優勝を上げた。彼女がトップの座を確保したのは1997年である。この年種目別滑降のタイトルを獲得し、1999年にも滑降のタイトルを獲得した。
 レナーテは常に物静かで優しく、勝ってもその存在を見いだすのに苦労するタイプだが、男子でスーパーGのタイトルを獲得したヘルマン・マイヤー(AUT)と二人で表彰台に登ったゲッチルは、今回ばかりは喜びを爆発させた。ブリザードスキーを履くたった4人のレーサーの一人である。

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