見谷昌禧のプロフェッショナルの視点 2005/06
1 ソールデン(AUT)の大回転
  2005年10月23日、ソールデン(AUT)で男子大回転レースが開催された。この時期ソールデンは時として強風でレースがキャンセルになることがよくあった。今シーズンは幸運にも天候にも恵まれたので、エキサイティングなレース展開が予想された。
2 ビーバー・クリーク(USA)のスラローム
 2005年12月4日、ワールドカップ・スラロームレース第1戦がアメリカ・コロラド州のビーバー・クリークで開催された。
 昨年のここのスラロームレースでは、第1シードの選手達の完走率は非常に高かった。
3 マドンナ・ディ・カンピリオ(ITA)のスラローム
 2005年12月12日、イタリアのマドンナ・ディ・カンピリオでスラローム第2戦が開催された。この会場でのレースは伝統があり、権威のあるので有名である。旗門数は1、2本とも55、ルール上の最小旗門数である。
 レースは天候にも恵まれ、1本目午後4時スタート、83名がエントリーした。
4 クラニスカ・ゴラ(SLO)のスラローム
 12月22日、スロベニアのクラニスカ・ゴラでスラローム第3戦が開催された。この大会で二つのビッグな出来事が生じた。一つは表彰台にオーストリアチームが誰もいなかったこと。もう一つは我が日本チームに奇跡が起きたことである。
5 アルタ・バディア(ITA)の大回転
 男子大回転第3戦はイタリア、ドロミテのアルタ・バディアで開催された。このコースは大回転コースとしてまさに理想的なコースだ。ここの勝者は本当の意味での実力者と称される。全長1500mとコースが長い上に急斜面が多い。緩斜面はゴール前にあるだけである。
6 アーデルボーデン(SUI)のスラロー
2006年1月8日、スイスのアーデルボーデンで男子スラローム第4戦が開催された。年明けの最初のレースで誰が優勝するのか興味のあるレースである。12月中に行なわれたレースで調子の良かった選手がそのまま好調を維持出来ているであろうか。
7 ウェンゲン(SUI)のスラローム
2006年1月15日、スイスのウェンゲンでスラロームの第5戦が行なわれた。快晴に恵まれ美しい山々の元で最高のレースが展開された。アイガー北壁やユングフラウのあるスイスの有名なリゾート地である。
 皆川賢太郎(アルビレックス新潟)が待ちに待った快挙を成し遂げた。
8 アーデルボーデン(SUI)の大回転
2006年1月7日、スイスのアーデルボーデンで大回転第7戦が開催された。年明けでの最初のレースだけに大いに興味のあるところである。と言うのは年末から年明けまでのレースの無かった期間に各チームがどのような調整をしてきたかの判断材料になるからである。
9 キッツビューエル(AUT)のスラローム
 2006年1月22日、オーストリアのキッツビューエルで男子回転第6戦が開催された。ハーネンカムの回転コースは斜面の変化が激しくて有名な難コース。縦の波があったり横に傾いたり、逆斜面があったり、とにかく斜面にうねりがあり落ち着いた滑りをさせてくれない。
10 シュラドミング(AUT)のスラローム
 2006年1月24日、オーストリアのシュラドミングで男子回転・第7戦が開催された。児玉ジャパンチームが歴史的な快挙を成し遂げた。佐々木明(ガーラ湯沢)が2位、皆川賢太郎(アルビレックス新潟)が6位。この成績こそジャパンチームが目標としてきたものである。
11 志賀高原のスラローム・1
 2006年3月10日、11日の両日、志賀高原の焼額山にてワールドカップ・スラロームレースが3年振りに開催された。トリノ・オリンピックで皆川賢太郎選手が、日本アルペン界で50年振りの快挙を成し遂げた直後のスラロームレースであり、日本チームにとって優勝も期待できるレースである。
12 志賀高原のスラローム・2
 2006年3月11日、ワールドカップ・スラローム第10戦が、志賀高原の焼額山スキー場で開催された。前日(10日)の佐々木選手の快挙の余韻一杯のスラロームコースで、2日目のレースでの日本選手の活躍する姿を一目見ようと大勢のスキーファンが集まった。
13 ヨンピョン(韓国)の大回転・1
 2006年3月4日、韓国のヨンピヨンで大回転レースが開催された。コースは、ひとつの尾根を切り開いたので、殆どフォールライン方向でスピードが出る一方である。変化に乏しい地形だけに滑りが1本調子になってしまう。その対策として、コース全体に数箇所ウェーブを設けて滑りに変化を求め、テクニック的に難しさを求めたコース設定であった。
14 ヨンピョン(韓国)の大回転・2
 昨日と同様に風が強く、スタート時間を大幅に遅らせての開始となった。1本目のスタートが14時、2本目のスタートが15時45分。強風の合間をぬってレースをなんとか成立させよう努力した。気温−4度、雪質はハードアイス。強風のためにスタートの間隔が一定に行うことが出来なかった。選手達は、昨日のレースと同様に集中するのに大変であったと思う。
15 オーレ(SWE)のスラローム
 2006年3月18日 スウェーデンのオーレでスラロームの最終戦が開催された。最終戦の出場選手は制限される。最終戦では、殆ど順位の決まっている選手とこのレースで少しでも良いポイントを獲得して来年度のレースに備えようという選手とが入り混じってのレース。

筆者紹介
 
見谷昌禧(みたにまさよし)

 1938年、樺太・真岡生まれ
 1960年、スコーバレー(アメリカ・カリフォルニア州) 第8回冬季オリンピック日本代表
 1962年、シャモニー(フランス) アルペンスキー世界選手権日本代表
      ヴィラール(スイス) アルペンスキー・ユニバシアード日本代表
 1969年、札幌オリンピック日本アルペンチーム強化コーチ就任。
      日本選手を最初にワールドカップに参戦させたコーチである。
 見谷スキースクール会長

 現在は飯綱リゾートスキー場・菅平高原つばくらスキー場でポールトレーニングを行っているアルペン競技専門のスキースクールを主宰
    →MSS見谷スキースクール

 現場主義を貫き通し毎年必ずワールドカップの現場でビデオや分解写真で取材している、世界でも数少ないスキー理論家の一人である。

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