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| PELEN, Perrine (FRA) |
1960年7月3日 Mont Fleury(FRA)生まれ
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SKI:Rossignol
BOOTS:Lange
BINDING:Salomon
※1986年引退 |
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| Aspen 78 GS |
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| St.Gervais SL/1st |
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World Cup Ranking
General
1977/7th, 1978/6th, 1979/9th, 1980/4th, 1981/6th,
1982/8th, 1983/16th,
1984/10th, 1985/12th, 1986/13th.
Special
1977 SL/2nd, 1978 SL/2nd, 1980 SL/1st, 1984
SL/3rd, 1985 SL/3rd, 1986 SL/3rd.
World Championships
1978 Garmisch GS/8th, SL/4th.
1982 Schladming K/2nd
1985 Bormio SL/1st
Olympic Games
1980 Lake Placud GS/3rd
1984 Sarajevo GS/3rd, SL/2nd
World Cup - 15 w. (15 SL)
| 1. |
SL: |
Cervinia 77, Crans Montana 77, Sun Valley
77, St.Gervais 77,78,
Stratton Mountain 78, Furano 79, Gerchtesgaden
80, Vysoke Tatry 80,
Watervill Valley 80, Altenmarkt 80, Bormio 80, St.Gervais 80,
Badgastein 84, Courmayeur 84. |
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1976年12月、バルディゼール(FRA)での開幕戦の大回転で45番スタートから6位に食い込む健闘を見せた天才少女がいた。ペリーヌ・ペランである。当時はすでに監督の職を辞していたが、ジョルジュ・ジュベールの秘蔵っ子である。ジュベールの薫陶を受けて成功した選手は、男子でパトリック・ルッセル、女子でペリーヌ・ペランの二人しかいない。
ペランはバルディゼールで6位に入賞した勢いを駆って同じシーズンの77年1月、クラン・モンタナ(SUI)の回転で優勝し、続くサン・ジェルベ(FRA)の回転でも優勝した。さらに最終戦、サン・バレー(USA)の回転でも優勝し、デビューした年になんといきなり3勝も上げてしまったのである。ペランは翌78年にはスラロームで4勝を上げ、79年は富良野の回転の1勝のみだったが、80年は4勝を上げ、この年の総合種目別回転部門のタイトルを獲得している。この年がピークだったが84年に2勝、85年にはも1勝を上げ、そして85年、ボルミオ(ITA)の世界選手権回転で金メダルを獲得した。ワールドカップ通算15勝は、フランス女子の個人記録としてはキャロル・メルレの22勝に次ぐ2位の記録だが、回転部門ではダントツの1位である。ペリーヌ・ペランは1975年までフランス女子チームのヘッドコーチをしていたジル・マゼガと結婚し、現在はスキー連盟の広報関係の職についている。 |
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