WALCHHOFER Michael (AUT) Web:
1975年4月28日 Altenmarkt(AUT)生まれ
身長 192cm 体重 95kg

SKI: Atomic
BOOTS: Atomic
BINDING: Atomic

StMoritz WM03 DH/1st
St.Moritz WM03 Men's Downhill 1st
ParkCity01 SL Kitabuhel01 SL
Park City 01 SL Kitzbuhel 01 SL
Val Gardena 05 SG/ 1st Wengen 05 DH/ 1st
Are 06 Final Downhill

WalchhoferFace
2003 St.Moritz WM DH / 1st

2006 WCup DH / 1st
World Cup Ranking
General
1999/81st, 2000/58th, 2001/41st, 2002/23rd, 2003/9th, 2004/7th, 2005/4th, 2006/5th,
2007/16th,
Special
2000 SL/23rd, 2001 DH/42nd, SL/23rd, K/2, 2002 DH/9th, K/5th.
2003 DH/3rd, SG/41st, GS/38th, SL/40th. 2004 DH/5th, SG/5th, K/5th.
2005 DH/1st, SG/5th, GS/25th, SL/57th. 2006 DH/1st, SG/18th, GS/37th,
2007 DH/6th, SG/21st, GS/33rd, SC/26th.
World Championship
1999 Vail K/6th.
2003 St.Moritz. DH/1st.
2005 Bormio. SG/2nd, DH/3rd, K-4th.
2007 Are. DH/15th, SC/DNF.
Olympic Games
2002 Salt Lake City. K/DNF(SL).
2006 Torino. DH/2nd, K/DNF,
World Cup - 11.w ( 8 DH, 1 SG, 2 K)

1. DH: Lake Louise 04, Wengen 05, Garmisch 05-I+II, Val d'Isere 06, Kitzbuhel 06,
Bormio 07-I+II,
SG: Val Gardena 05,
K: Kitzbuhel 03, Val d'Isere 06(SC),
2. DH: Val Gardena 02-II, Beaver Creek 03, Val Gardena 03, Bormio 03-II,
Wengen 03-II, Val Gardena 04, Bormio 05, Val Gardena 06, Wengen 06,
SG: Lake Louise 04,
K: Kitzbuhel 01, 02,
3. DH: Val d'Isere 02, St.Moritz 02, Chamonox 04, Lake Louise 05, Beaver Creek 05,
Vai d'Isere 05, Chamonix 05,
SG: Kitzbuhel 04, Lake Louise 05,
4. DH: Beaver Creek 04-I, Bormio 06, Kvitfjell 07,
SG: Kvitfjell 07,
K: Wengen 06(SC), Chamonix 06(SC),
5. DH: Kitzbuhel 04-II, Sestriere 04, Beaver Creek 07,
SG: Kvitfjell 04,
K: Kitzbuhel 04,
6. DH: Lake Louise 03, Beaver Creek 04-II, St.Anton 04,
SG: Garmisch 06,
7. SG: Lake Louise 06,
8. SG: Sestriere 04,
SL: Yong Pyong 00, Kvitfjell 02,
K: Chamonix 04,
9. DH: Kitzbuhel 01, Bormio 03-I,
GS: Beaver Crerek 05,
SL: Kranjska Gora 99,
10. DH: Kitzbuhel 02, Beaver Creek 06, Garmisch 06, Lake Louise 07,
SG: Val Gardena 04, Lake Louise 06,
GS: Lillehammer 03,
SL: Kranjska Gora 03,

 元来はスラロームを得意としていた選手だが、'02シーズンは滑降の方で良い成績を出すようになった。だからコンビは最も得意とするところである。'01、'02と続けてキッツビューエルのコンビで2位になった。実績を買われてソルトレーク・オリンピックはコンビのみにエントリーされたがスラロームで途中棄権、期待に応えられなかった。
 2003年、サン・モリッツ世界選手権男子滑降はオーストリアの伏兵、ミヒャエル・ワルヒホッファーがトレーニングタイムを6秒近くも縮めて1分43秒54のタイムでダウンヒル初優勝を上げた。31番スタートは前日の最終トレーニングで途中のゲートをミスしてベスト30に入らなかったためである。元々技術系の選手だったが高速系に転向して成功した。直前のキッツビューエル(AUT)のコンビでワールドカップ初優勝を上げて波に乗っていた。
 「昨日のトレーニングから神経は高ぶっていたが、レース中自分の走りは速いという感じはあったし、速度を維持することに心がけた。強いチームの中でDHのスタートはあるいはレースより厳しいものだが、今回自分のやったことは如何にいいラインをとるべきか何回ものトレーニングで習得した」。
 「家はアルテンマルクトでスキーは子供の頃から。SLで順調に進んでヨーロッパカップで成績を上げてAUTチームへ。家族は妻バーバラと9ヶ月の娘ハンナと3人」。
 「ヘルマン・マイヤーは良い仲間ですよ。'98年ナガノ五輪の転倒からすぐに立ち直ってメダルを獲得、彼のハードトレーニングは凄いと常々感じます」。

 2005シーズン、ワルヒホッファーはワールドカップ総合4位、種目別の滑降で総合優勝を達成した。元々技術系でスタートしたワルヒホッファーだが、技術系のショートスキー化に対応出来ず、高速系に転向して成功した。一応回転もこなすということでオーストリアチームではコンビ要員としての位置付けだったが、'03年2月、サン・モリッツ(SUI)世界選手権の滑降で第2シードから優勝し、高速系のスペシャリストの位置を確保した。ワールドカップ初優勝は'03年のキッツビューエルのコンビだが、この年の12月、レーク・ルイーズ(CAN)の滑降でスペシャル種目の初優勝を挙げた。今季はバル・ガルデナ(ITA)のスーパーGでも初優勝を挙げ、滑降ではウェンゲン(SUI)、ガルミッシュ(GER)のT、Uと連勝して種目別滑降のタイトルを獲得した。ボルミオ世界選手権ではスーパーG2位、滑降3位、コンビ4位という成績を残した。
 2007シーズンは2006シーズンに比べていささか物足りないシーズンになった。暮れのボルミオ(ITA)2連戦で2連勝し、これから快進撃と思わせた。だが世界選手権も含めて昨年までの威力は影を潜め、滑降総合で6位と、3年連続のタイトル獲得はならなかった。