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| VRHOVNIK Matjas (SLO) |
| 1972年5月6日 Ljubljana(SLO)生まれ |
SKI: Atomic
BOOTS:Lange
BINDING: Atomic
WEAR: Mizuno
※2003年引退 |
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| Kranjska Gora 2000 SL/6th |
Kitzbuhel 2000 SL/2nd (↑クリック拡大) |
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World Cup Ranking
General
1995/110th, 1996/78th, 1997/-, 1998/91st, 1999/89th, 2000/17th, 2001/44th,
2002/138th.
Special
2000 SL/3rd,
World Championship
1997 Sestriere SL/22nd
Olympic Games
1998 Nagano SL/17th
World Cup
| 1. |
SL: |
Adelboden 2000, |
| 2. |
SL: |
Kitzbuhel 2000, |
| 3. |
SL: |
Chamonix 2000, Bormio 2000 |
| 4. |
SL: |
Wengen 2000, |
| 5. |
SL: |
Tidtnau 2000, |
| 6. |
SL: |
Madonna 2000, Kranjska Gora 2000, |
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2000年2月20日、アーデルボーデン(SUI)男子回転を征したのはマティヤシュ・ブロフニックだった。今季スタート時点ではFISランキング50位でBチーム所属だったブロフニックだが、シャモニー(FRA)で3位、キッツビューエル(AUT)で2位、そして2000年2月20日ついに表彰台の真ん中に立った。今季スロベニア男子の初優勝でもある。前日の大雪の後遺症でコース状況は良くなかったが、1本目トップのタイムを守りきり勝利をもぎ取った。
ブロフニックは「ミズノスキー」で育ってきた選手である。ミズノ鰍フスキー生産打ち切りで自国産のエランに乗り換え再スタートした。「去年ミズノからエランにスキーを変えた時、直ぐに195cmから184cmに短くして、技術的に自分に合ってると感じた。精神的にも、この4年間ジャンプチームやカヤックチームを指導しているリュブリアナの心理学者マクス・トゥチャクに就いていることが今ポジティフに作用しているんだと思う」と語った。種目別総合でも3位の座を確保した。
2003シーズンは怪我のため休業した。回復が思わしくなくそのまま引退した。 |
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