STANGASSINGER Thomas (AUT)
1965年9月15日 Durnberg(AUT)生まれ
身長 180cm 体重 82kg

SKI: Fischer→Salomon
BOOTS:
Tecnica→Salomon
BINDING:
Tyrolia→Salomon


※2000年4月20日引退

Aspen98 SL/1st Veysonnaz98 SL/1st
Aspen 98 SL/ 1st Veysonnaz 98 SL/ 1st
KranjskaGora99 SL Kitzbuhel98 SL/1st
Kranjska Gora 99 SL/ 2nd Kitzbuhel 98-I SL/1st

1999 SL/Champ
1999 SL/Champ
World Cup Ranking
General
1985/36th, 1986/73rd, 1987/52nd, 1988/33rd, 1989/39th, 1990/23rd,
1991/13th, 1992/38th, 1993/17th, 1994/17th, 1995/31st, 1996/46th,
1997/8th, 1998/12th, 1999/11th, 2000/24th,
Special
1993 SL/3rd, 1994 SL/2nd, 1997 SL/2nd, 1998 SL/2nd, 1999/SL/1st.
2000 SL/5th,
World Championchips
1989 Vail SL/9th.
1991 Saalbach SL/2nd.
1993 Morioka SL/3rd.
1997 Sestriere SL/6th.
1999 Vail 6th/
Olympic Games
1988 Calgary K/9th.
1992 Albertvill SL/9th.
1994 Lillehammer SL/1st.
1998 Nagano SL/6th.
World Cup - 10 w. (10 SL)
1. SL: Mt.Ste.Anne 90, Veysonnaz 93, Park City 94, Kitzbuhel 94, Shigakogen 97.
Park City 98, Veysonnaz 98, Kitzbuhel 98 I , Aspen 99, Sierra Nevada 99.
2. SL: Bad Kleinkirchheim 88, lillehammer 91, Garmisch 93, Stoneham 94,
Sestriere 94,99, Bormio 95, Park City 97, Chamonix 97, Wengen 97,
Schladming 97, Vail 97, Kranjska Gora 99, Ofterschwang 99, Vail 2000.
K : Madonna di Campiglio 85
3. SL: Kranjska Gora 85,91,97,98,2000, Are 93, Sestriere 96, Breckenridge 97,
Kitzbuhel 98 II, Madonna 2000, Schladming 2000.

 トーマス・スタンガジンガーはスラローム・スペシャリストである。

 ワールドカップツアーに参戦したのは20歳の1985年、4年後の1989年12月、カナダのモン・サ・タンで初優勝を上げた。だが様々な健康上の問題が彼のモチベーションをスローダウンさせたのも事実だ。その都度彼は立ち直った。そして91年ザールバッハ・ヒンターグレム(AUT)の世界選手権で銀メダル、93年盛岡・雫石の世界選手権で銅メダルを獲得した。また1994年、リルハンメル(NOR)オリンピック、スラロームで金メダルを獲得した。だが好事魔多し、金メダルを獲得した94年夏、トレーニング中に大怪我をし再びどん底に落ち込みもがき苦しんだ。

 マテリアルの問題も深刻だった。それから2年後、96年にスキーをサロモンに変えた。そして彼は再びトップに返り咲いた。97シーズンは2位を5回経験したあと、プレオリンピックの志賀高原で優勝した。98シーズンはパーク・シティ(USA)、ベイソンナ(SUI)、キッツビューエル(AUT)で優勝した。

 優美で正確なスラロームはどのような条件のピステでも乱れることはなく、彼独特の世界を形作っている。「インテリジェント・テクニック」と呼ばれる由縁である。1998/99シーズンはアスペン(USA)で10勝目を上げたあと、最終戦のシエラ・ネバダ(SPA)で通算11勝目を上げ、このシーズンの種目別総合のタイトルを手にした。33歳になっていた。ワールドカップでの最年長優勝記録である。

 1999/2000シーズンは何度か2・3位になったが優勝は出来なかった。2000年4月20日、ジュニア時代を含め19年間に渡って選手生活を続けたオーストリア・チームに別れを告げた。