SCHOENFELDER Rainer (AUT) Web
1977年6月13日 Bleiburg(AUT)生まれ
Club: SC PETZEN (Kärnten)
身長 176cm 体重 85kg

SKI: Fischer
BOOTS:
Fischer
BINDING: Fischer

Todtnau00 SL/1st Todtnau00 SL/Podio
Todtnau 00 SL/ 1st
Kitzbuhel02 SL/1st ParkCity03 SL/1st
Kitzbuhel 02 SL/ 1st Park City 03 SL/1st
Kitzbuhel03 SL/2nd Shigakogen03 SL/1st
Kitzbuhel 03 SL/2nd Shigakogen 03 SL/1st
Adelboden 04 SL/ 1st Sestriere 04 SL/2nd
World Cup 2004 Slalom Overall Champion
Soelden 06 GS / 3rd Chamonix Super Combined / 3rd with Lexxam

SchoenferderFace World Cup Ranking
General

1999/63rd, 2000/25th, 2001/31st, 2002/26th, 2003/16th, 2004/10th, 2005/14th,
2006/14th, 2007/34th,
Special
2000 SL/7th, 2001 SL/9th, GS/36th, 2002 SL/5th, 2003 SL/3rd. 2004 SL/1st.
2005 SL/2nd, GS/21st. 2006 SL/14th, GS/13th. 2007 SL/26th, GS/18th, SC/8th.
World Championships
2003 St.Moritz SL/DNF, K/10th.
2005 Bormio. SL/2nd, GS/8th.
2007 Are. GS/25th, SC/16th, SL/DNF.
Olympic Games
2002 Salt Lake City K/4th, SL/DNF.
2006 Torino. K/3rd, GS/8th, SL/3rd.
World Cup - 5 w. (5 SL)
1. SL: Todtnau 00, Kitzbuhel 02, Park City 03, Shigakogen 03, Adelboden 04,
2. SL: Wengen 01, Kranjska Gora 03, Kitzbuhel 03, Park City 04, Wengen 04,
Sestriere 04, Park City 04, Flachau 05,
K: Val d'Isere 06(SC), Cahmonox 06(SC),
3. GS: Soelden 06,
SL: Madonna 01, Kitzbuhel 04, Beaver Creek 05, Lenzerheide 05,
SC: Beaver Creek 07,
4. SL: Kranjska Gora 99, Aspen 02-II, Wengen 02, Schladming 02, Chamonix 04,
St.Anton 04, Kitzbuhel 05, Schladming 05, Kranjska Gora 05, 06,
5. SL: Kitzbuhel 01, Lillehammer 03, Schladming 04, Kranjska Gora 04, Kitzbuhel 06,
Levi 07,
6. GS: Soelden 05, Alta Badia 07,
SL: Wengen 00, Adelboden 02, Madonna 04,
7. SL: Bormio 03,
8. GS: Beaver Creek 07,
SL: Bormio 00, Are 06, Kitzbuhel 07,
SC: Reiteralm 07,
9. SL: Madonna 00, Kranjska Gora 00, Sestriere 05, Chamonix 05,
GS: Kranjska Gora 03, Alta Badia 04-I,
10. GS: Yong Pyong 00, Adelboden 04, Beaver Creek 06, Alta Badia 06,
SL: Are 01, Shigakogen 06-I,

 2000年2月6日、トッドナウ(GER)、男子回転のヒーローは22歳、ワールドカップ2年目のライナー・シェンフェルダー(AUT)だった。1本目9位からの大逆転勝利である。これまでの最高成績は昨シーズンのクラニスカ・ゴラ回転の4位。今季はスラローム6戦全てで得点を上げキッツビューエルから第1シードに上がった。1977年6月13日生まれ。現在はまだ学生だが卒業できるかどうかの瀬戸際にあるという。「1本目は勝手の違うピステに戸惑いアタックできなかった。キッツビューエルでマリオがチャンスを掴んだように、僕にも出来る、失うものはない。それで2本目は思う存分アタックした。今日のスキーは2日前に貰った170cmのアトミック。僕の身長は176cm、良く合っています。新しいマテリアルでスラロームは変わった。次のレースでもきっと新顔がポディウムの中央に立つと確信しています」。尊敬しているのは少年時代からアルベルト・トンバ。将来はトンバのようなレーサーになるのが夢という。そういえばゴールエリアで色々とパフォーマンスを見せていた。

 2003シーズンは初戦のパーク・シティ(USA)で通算2勝目を挙げ順調な滑り出しを見せた。クラニスカ・ゴラ(SLO)とキッツビューエル(AUT)で2位のあと世界選手権のサン・モリッツ(SUI)に乗り込んだが、肝心のスラローム1本目でコースアウト。失意の日を送ったが志賀高原でこのシーズンの2勝目を上げ、種目別の総合ではスラロームで3位の座を確保した。

 ライナー・シェンフェルダーは2004シーズン、1勝を挙げたのみでスラロームのタイトルを獲得した。他に2位3回、3位1回、4位2回、5位1回、6位1回。チャンピオンとしてはいささか物足りない成績ではある。もちろんこの成績はトップレーサーとして力のある証明だが、問題はパーク・シティでの失格、そして後日復活のいきさつにある。このレースでライナーが勝ったわけではないが、2位になったことによりクリスタルカップを拾い上げることが出来た。はっきり言ってオーストリアチームのごり押しによって獲得したタイトルと云うことが出来る。一度は失格となった選手がチームの抗議により復活して2位になったという事件だが、そうあるものではない。結果的にはこのポイントでタイトルを手中にした。カレ・パランダーのフィンランドチームと3位を失ったジョルジオ・ロッカのイタリアチームが猛烈に抗議したが、FISはこれを却下した。
 歌手としてもオーストリア国内で人気上昇中のライナーだが、国内選手権に出場の際に服用した風邪薬のせいでドーピングに引っかかった。規定では2年間の出場停止だが、オーストリアチームの査問委員会はこれを3ヶ月の出場停止、もしくは無罪放免とするだろう。
 「ゴールデン・ディスクを獲得したような気分だ。今日(セストリエール最終戦)パランダーが勝つであろう事は分かっていた。彼は偉大なファイターでトップスキーヤーだ。私はただリードを保つためだけに集中した。素晴らしいレースだった。クリスタルカップを獲得出来たことは本当に嬉しい」。最終戦でスラロームのタイトルを獲得した後に語った言葉。

 2005シーズンは優勝こそ出来なかったが、2位1回、3位2回で、種目別スラローム総合2位でシーズンを終えた。
 2005年夏にブーツをノルディカから日本製のレクザムに変えたライナーは、2006シーズン開幕戦のソールデン(AUT)大回転で3位に入った。大回転の表彰台に立つのはこれが初めて。去年の開幕戦でもここで5位に入っているが、どちらかというとスラロームのスペシャリストという感が強かった。ニコール・ホスプ(AUT)で途切れていたレクザムのワールドカップサポートがこのような形で再び実現したことを素直に喜びたい。