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| REINSTADLER Gernot (AUT) |
1970年8月24日 Jerzens生まれ
身長 180cm 体重 76kg
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SKI: Blizzard
BOOTS: Raichle
BINDING: Tyrolia
1991年1月19日 Wengen(SUI)にて死去
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1991年で61回目を迎えるはずだった伝統のラウバーホルン大会は、そのスロープを鮮血で染めた一人の青年の死を悼み急遽中止が決定された。
この悲惨な出来事は1月18日に行なわれたクオリフィケイション・ダウンヒル(滑降予選レース)で起こった。このレースにゼッケン44番で出場したゲルノ・ラインシュタドラー(20歳)が、コース最終ゲート近くのジャンプでコントロールを失い安全ネットに激突。すぐヘリコプターで近くのインターラーケン病院に運ばれ手術を受けたが、結局19日未明に死亡した。
オフィシャルの発表によれば、ラインシュタドラーは激突の際、骨盤破損、内臓損傷など腰部を中心に重傷を負い、多量の出血に見舞われた。(片方のスキーがネットに刺さり、高いGで股が裂けたのである)。6時間以上にわたる手術を行なったが19日午前1時、出血多量により死亡した。
ラインシュタドラーは'88年オーストリア国内選手権のコンビで優勝、大回転と回転で2位に入った期待のホープだった。ワールドカップにはこのシーズンが初参戦だった。
クオリフィケイション・ダウンヒルはケン・リード(CAN)の提唱によりこのシーズンにテストケースとして採用になった方式で、本戦出場者を30人に絞るという予選レース。当落ぎりぎりにいる選手たちにとってはかなりの無理を強いられることになる。このシステムは結局この事故を契機に不採用になった。 |
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