KJUS Lasse (NOR)
1971年1月14日 Siggerud(NOR)生まれ
身長 180cm 体重 88kg
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SKI: Dynastar
BOOTS: Atomic
BINDING: Look


※2006年 引退
Vail95 DH Kitzbuhel99 DH/1st
Vail 95 DH Kitzbuhel 99 DH/1st
Parkcity98 GS
Park City 98 GS Soelden 02 GS
SaltLake OWG02 DH/2nd SaltLake OWG02 GS/3rd
Salt Lake 2002 DH/ 2nd Salt Lake 2002 GS/ 3rd
1994 Lillehammer OWG94 K/1st
1994 Lillehammer OWG Combi/ 1st Val Gardena 04 SG/ 1st
Beaver Creek 05 GS / 1st Lenzerheide 05 DH / 1st Podium(2nd Miller, 3rd Strobl)

1999 WCup/Champion
'99 World Cup Overall Winner

1999 Vai WM 5medals
WM99 Vail / Beaver Creek
2 Gold, 3 Silver
World Cup Ranking
General

1990/68th, 1991/9th, 1992/60th, 1993/12th, 1994/7th, 1995/6th, 1996/1th, 1997/13th,
1998/10th, 1999/1st, 2000/53rd, 2001/3rd, 2002/6th, 2003/31st, 2004/6th, 2005 7th,
2006/43rd.
Special
1996 GS/3rd, SG/3rd.
1999 DH/1st.
2001 DH/5th, SG/8th, GS/8th, SL/26th,
2002 DH/15th, SL/18th, GS/25th, SG/9th, K/2nd.
2003 SG/11th, 2004 DH/9th, SG/7th, k/3rd.
2005 DH/18th, SL/53rd, GS/7th, SG/22nd.
2006 DH/41st, GS/57th, SG/22nd, K/12th.
World Championships
1991 Saalbach. SL/10th, SG/25th.
1993 Morioka/Shizukuishi. SL/12th, GS/16th, K/1st.
1996 Sierra Nevada. DH/4th, SL/10th, GS/4th, SG/6th, K/2nd.
1997 Sestriere. DH/2nd, GS/2nd, SG/2nd, K/5th.
1999 Vail/Beaver Creek. SG/1st, GS/1st, DH/2nd, SL/2nd, K/2nd.
2001 St.Anton. SG/4th, GS/7th,
2003 St.Moritz. SG/9th, K/2nd, DH/13th, GS/DNF.
2005 Bormio. K/6th, SG/11th, DH/33rd, GS/DNF.
Olympic Games
1994 Lillehammer DH/18th, GS/7th, SG/12th, K/1st.
1998 Nagano DH/2nd, GS/8th, SG/9th, K/2nd.

2002 Salt Lake City DH/2nd, GS/3rd, K/5th
2006 Torino. DH/14th, SG/14th, GS/28th, K/DNF.
World Cup - 18 w. (10 DH, 2 SG, 2 GS, 4 K)
1. DH: Bormio 96, Kvitfjell 96, 97, Val d'Isere 99, Val Gardena 99-I, Wengen 99,
Kitzbuhel 99-I, Sierra Nevada 99, Kitzbuhel 04-I, Lenzerheide 05,
SG: Vail 96, Val Gardena 04,
GS: Kranjska Gora 96, Beaver Creek 05,
K: Kitzbuhel 94, 97, Wengen 99, Kitzbuhel 01,
2. DH: Whistler 95, Vail 96, Val gardena 99 II, Kvitfjell 99 II, Lake Louise 01,
Beaver Creek 01, Val gardena 02-I, Chamonix 04,
SG: Vail 94, Val d'Isere 96, Lake Louise 01, Kvitfjell 03,
GS: Mt.Hutt 91, Kranjska Gora 93, Tignes 96, Vail 96, Park City 96,
Park City 01, Val d'Isere 05,
K : Kitzbuhel 91, 99, Wengen 05,
3. DH: Bormio 95, 98 II, Lake Louise 01,
SG: Kvitfjell 96, 97, Garmisch 97 II, 98, Val d'Isere 99
GS: Veysonnaz 93,
SL: Wengen 99,
K: Wengen 03, Chamonix 04,
4. DH: Kitzbuhel 94, 99 II,
SG: Whistler 94, Sierra Nevada 99,
GS: Val d'Isere 95, Furano 95, Alta Badia 96,
SL: Oppdal 91,
K : Garmisch 93,
5. DH: Val gardena 96, Bormio 98 I,
SG: Laax 97, Beaver Creek 01, Lake Louise 04, Kitzbuhel 04, Garmisch 06,
GS: Are 93, Flachau 96, Alta Badia 04-I, Flachau 04, Adelboden 05,
SL: Watervill valley 91, Crans Montana 91, Vail 96, Kranjska Gora 96,
K : Kitzbuhel 95,
6. DH: Val Gardena 02-II, Lake Louise 04, Beaver Creek 04-I,
SG: Aspen 99, Kvitfjell 99, 02, Beaver Creek 04,
GS: Aspen 91, Sestriere 93, Adelboden 95, Hinterstoder 96, Kranjska Gora 99,
Soelden 03, Alta Badia 04-I,
SL: Kranjska Gora 98, Crans Montana 98,

 1999年1月24日、キッツビューエル(AUT)でラッセ・シュースはついにヘルマン・マイヤー(AUT)を抜き、1998/99シーズン、アルペンスキー・ワールドカップのトップに立った。12月12日、バルディゼール(FRA)の滑降で初勝利を上げたラッセは、1月24日のキッツビューエル(AUT)までに滑降で4勝、コンビで1勝、そのほか滑降2位1回、回転3位1回など96年に総合優勝を果たして以来の好調ぶりを発揮している。

 だが、シュースはこのシーズン、初めから調子が良かったわけではない。開幕戦のセルデン(AUT)大回転では9位、北米シリーズのパーク・シティ大回転8位、ヨーロッパに戻ってバルディゼールとバル・ガルデナ(ITA)で勝った後アルタ・バディア(ITA)の大回転で10位。インスブルックのスーパーGで14位。ここまでが限度だった。実はアメリカで悪性のヴィールスを背負い込んでふらふらになったシュースはボルミオ(ITA)のダウンヒルをキャンセルしてノルウェーに戻ってクリスマス休暇を過ごさねばならなかった。病み上がりのシュースは結局シュラドミング(AUT)のナイトスラロームとスーパーGをミスし、さらにフラッハウ(AUT)とアーデルボーデン(SUI)の大回転もコースアウトしてしまった。1996年の総合チャンピオンのシュースは2年前にも呼吸器系の疾患で調子を落としている。だからこの時点で総合優勝争いに加わるのを予想するのは難しかった。ヘルマン・マイヤーが調子よく飛ばしていたからである。シュースが調子を取り戻したのはクラシック第1弾のウェンゲンに入ってからである。

 アーデルボーデンの大回転に勝った後、ヘルマン・マイヤーは明言している。「腰が痛くてウェンゲンとキッツビューエルをキャンセルしたかったが、すぐ後ろにノルウェー人の足音が迫っているので休むわけには行かなくなった。総合を取るには今は出来るだけポイントを稼がなければならない。世界選手権(1月30日〜2月14日、アメリカ・ヴェイル)は大事だが、ワールドカップの総合優勝はそれ以上に大事なんだ」。

 ヘルマンの心配はキッツビューエル(AUT)で現実のものになった。最後はヘルマン抜きでラッセ・シュースと同僚のシェティール・アンドレ・オーモットとの争いになり、それは最終戦のシエラ・ネバダ(SPA)まで続いたが、最後にはラッセが3年ぶり2度目の大クリスタルカップを手にしたのである。

 ラッセ・シュースがそのポテンシャルを遺憾なく発揮したのが1999年、アメリカ・コロラド州のヴェイル・ビーバークリークで行なわれた世界選手権であった。滑降とスーパーGで金メダル、コンビと大回転、回転で銀メダル、実に全種目でメダルを獲得したのである。これはもちろんアルペンの歴史の中での新記録である。

  1999/2000シーズンは12月上旬に体調不調でノルウェーに帰ったが、そのまま復帰することはなかった。

 2004シーズン、ラッセは復活した。男子スーパーG第3戦が12月19日、バル・ガルデナで行なわれ、1999年、シエラ・ネバダの滑降で勝って以来4年ぶりの勝利を上げた。スーパーGの勝利となると'96年のヴェイル以来7年ぶりである。コンビを含めると'01のキッツビューエル以来の勝利。ワールドカップ通算15勝目。この2年間、喘息、及びテクニックで苦闘していたが今季は極めて調子がよい。総合争いにも加わってきた。 
 「自分でも驚いた。しかし、4年ぶりの勝利に大変喜んでいる。スタートから自分は快調だという意識はあったが勝てるとは考えなかった。マテリアルをディナスターに変えてからやることはいっぱいあったが、今スキーといい友達になれたと思う。明日のDH? トレーニングは早くなかった、でも勝てる。いやこれは冗談だよ。今季の目標? 総合はテーマではない、だが勝利数をもっと増やすこと」

 さらに1月22日、キッツビューエルで行なわれた男子滑降第6戦。小雪の舞う薄曇りの”シュトライフ”を制したのは、なんと滑降勝利は'99年の最終戦、シエラ・ネバダ以来5年ぶりとなるラッセ・シュース(NOR)。今季2勝目、ダウンヒル通算9勝目、ワールドカップ通算16勝目である。
 「100分の1秒差で勝つなんて信じられない。ここで再び私のフォームを取り戻すことが出来た」とラッセ・シュースは語った。この勝利でライヒを抜いて総合争いのトップに立った。
 だがこの後、膝の故障が見つかり急遽ノルウェーに帰り手術を受け、そのまま復帰することはなかった。なんたることだ。

 ラッセは2006シーズン終了後引退を表明し、16年間にわたるワールドカップ生活に終止符を打った。 ラッセ・シュース(35歳)。16年間のワールドカップ生活で総合優勝・2回(1996、99年)、種目別滑降のタイトル1回('99年)、世界選手権の金メダル3('93年・盛岡/雫石・コンビ、'99年・ヴェイル/ビーバー・クリーク・スーパーG、大回転)、オリンピックの金メダル・1('94年・リルハンメル・コンビ)。ワールドカップ通算18勝(滑降・10、スーパーG・2、大回転・2、コンビ・4)。'99年のヴェイル世界選手権では金メダル2個の他に、滑降、回転、コンビで銀メダルと全てのレースで金銀のメダルを獲得した。呼吸器系の疾患に常に悩まされたアタッキング・バイキングの旗手、ラッセ・シュースは数々の伝説を残してピステから去っていった。

Biorama Basel