SKI&SKI Top
ENN Hans (AUT)
10,May,1958年5月10日. Hinterglemm生まれ
身長 168cm 体重 64kg

SKI: Atomic
BOOTS: Kofrach
BINDING: Tyrolia


1989年引退

Lake Placid OWG 80 GS/3rd Val d'Isere 79 GS/3rd
Lake Placid OWG 80 GS/3rd Val d'Isere '79 GS/3rd

EnnFace World Cup Ranking
General
1976/55th, 1977/35th, 1978/38th, 1979/12th, 1980/7th, 1981/14th, 1982/13th,
1983/20th, 1984/11th, 1985/19th, 1986/36th,1987/74th, 1988/26th/1989/35th.
Special
1980 GS/2nd, 1984 GS/3rd,
World Championships
1978 Garmisch GS/6th, SL11th
1982 Schladming GS/6th
1985 Bormio GS/5th
1989 Vail SG/13th
OlympicGames
1980 Lake Plasid  GS/3rd, SL/4th
World Cup - 6 w. (5 GS, 1 SG)
1. GS: Watervill Valley 80, Kranjska Gora 83, Oslo 84, Are 84, Adelboden 85
SG: Val d'Isere 83
2. GS: Lake Placid 79, Cortina 80, Ebnat-Kappel 81, Schladming 81,
Jasna 82, Kranjska Gora 82.
SG: Madonna 82.
K : Val d'Isere 80.
3. GS: Val d'Isere 79, Heavenly Valley 79, Saalbach 80, Vail 84.
SG: Garmisch 83, 84.
4. GS: Madonna 79,80, Sansicario 82, Kitchberg 82, Furano 83,
Les Diablerets 83, Sestriere 84.
SG: Val Gardena 83, Opdal 84, Madonna 84, Whistler 86.
K : Wengen 77
5. GS: Bad Kleinkirchheim 82, Vail 83.
SG: Morzine 86.
SL: Kitzbuhel 78, Stratton Mtn.78.
K : St.Anton 77, Val Gardena 80.

 インゲマル・ステンマルク(SWE)は1978年の最終戦アローザ(SUI)から1980年のアーデルボーデン(SUI)まで、大回転で実に14連勝(レークプラシッド五輪の大回転優勝を入れると15連勝)というとてつもない連勝記録を作ったが、その連勝にストップをかけたのはオーストリアの新鋭ハンス・エンだった。レークプラシッド五輪が終わった後の1980年2月28日、ウォータービル・バレー(USA)での大回転。ステンマルクは1本目にスキーをクロスさせてしまい40位にとどまった。ステンマルクにも敗れる日がきたのである。この機に乗じてエンは2本目ベストタイムを奪って優勝した。しかもこれがエンのワールドカップ初優勝だった。

 エンは58年5月18日、ヒンターグレム(AUIT)生まれだからこの時21歳。1976年、17歳でワールドカップに初めて出場した。素質は高く評価されていたがヨーロッパカップでもワールドカップでも優勝経験はなかった。だが上位には度々顔を出していた。19歳で出場した1978年のガルミッシュ(BRD)世界選手権では大回転で6位入賞、ステンマルクを下した直前の80年レークプラシッド五輪大回転では銅メダルを獲得している。

 ワールドカップでもそれまで2位1回、3位2回を経験している。勝つのは時間の問題とされていた。だが大回転スペシャリストの彼にとってはステンマルクは乗り越えねばならない大きな壁だった。チャンスはデビューして2年目に訪れた。「大回転に長いこと勝ちたいと思っていた。あきらめてはいけない。口で言うのはやさしいが、ステンマルクを相手にしたとき実行するのは難しい。今日はラッキーだった。ステンマルクの失敗?、誰かが破ったんだからお祝いしなきゃ」と、笑ったハンスだった。1m68p、64sとワールドカップ選手のなかでは小柄なエンが大きな仕事を成し遂げたのである。

 エンの全盛期は83/84シーズンで、クラニスカ・ゴラ(JUG)、オスロ(NOR)、オーレ(SWE))で優勝しこのシーズンの種目別大回転で総合3位に入っている。ワールドカップで通算6勝(SG1勝、GS5勝)を上げ、89年ラークスでのスーパーG2位を最後に13年間の「白いサーカス」に別れを告げた。30歳だった。エンの名はステンマルクの連勝を阻止した男としてワールドカップの歴史に深く刻まれている。