ECKERT Florian (GER)
1979年2月7日 Loerrach 生まれ
185cm / 95kg

SKI: Atomic
BOOTS: Lange
BINDING: Atomic

※2006年 引退
Stanton WM01 DH/3rd Kvitfjell01 DH/2nd
St.Anton WM 01, DH/ 3rd Kvitfjell 01, DH1/2nd

StantonWM01 DH/3rd-Finish World Cup Ranking
General

2000/130th, 2001/36th, 2002/-, 2003/-, 2004/105th, 2005/67th.
Special
2000 DH/55th. 2001 DH/11th, SG/45th. 2004 DH/42nd, SG/50th.
2005 DH/40th, SG/23rd.
World Championships
2001 St.Anton. DH/3rd, SG/17th.
2005 Bormio. SG/6th, DH/12th.
World Cup
2. DH: Kvitfjell 01-I+II,
9. SG: Lake Louise 05,
16. DH: St.Anton 04,
17. SG: Kvitfjell 05,
18. DH: Val d'Isere 01-I, Garmisch 01,
SG: Garmisch 05,
19. DH: Aew 01,
21. SG: Kvitfjell 01,
22. DH: Garmisch 05-II,
SG: Lenzerheide 05,
24. DH: Garmisch 04,
25. DH: Garmisch 05-I,
26. SG: Beaver Creek 05,
27. DH: Beaver Creek 01, Bormio 05,
28. DH: Garmisch 00,
29. DH: Val Gardena 05,
SG: Garmisch 04,
30. DH: Wengen 05, Kvitfjell 05,
SG: Val Gardena 05,

 2001年年2月7日、サン・アントン(AUT)で行なわれた世界選手権のダウンヒルで25番スタートから名だたる強豪を後目に銅メダルを獲得した。奇しくもこの日はフローリアンの22歳の誕生日だった。ドイツ軍属で下士官。これまでのワールドカップの戦績は18位が2回。ヨーロッパカップのスーパーGで2位になったこともある。

 母はオーストリア人で、スイス国境のローラッハで生まれた。4歳の時にバイエルンに引っ越し、スキーは学校で習った。ドイツチームに所属してまだ日も浅い。97年には下腱骨の骨折もやってびびっていた時期もある。チームでは主としてGSとSGをトレーニング。DHは始めたばかり。「今日の銅メダルは多分ワックスの成功だと思う。ヘルマン・マイヤーに祝福された。だが今まで彼と話をしたことはなかった」と記者会見で話し、記者たちを大いに笑わせた。

 それから4週間後、クビットフィエル(NOR)のオリンピックコースで行なわれたダウンヒル2連戦で2戦とも2位に入り、サン・アントンの銅がフロックではなかったことを証明した。

 2002シーズンイン直前にトレーニング中に怪我をしてオリンピックは病院のベッドで見た。