SKI&SKI Top
CRETIER Jean-Luc (FRA)
1966年4月28日 Bourg St.Mourice(FRA)生まれ
身長 185cm 体重 86kg

SKI: Salomon
BOOTS: Salomon
BINDING: Salomon


※2000年 引退
Jean-Luc Cretier. Nagano Olympic DH-Gord

CretierFace World Cup Ranking
General

1989/44th, 1990/59th, 1991/61st, 1992/55th, 1993/97th,
1994/38th, 1995/25th, 1996/94th, 1997/62nd, 1998/18th
Special
1998 DH/5th, SG/27th
Championships
1991 Saalbach SG/11th.
1996 Sierra Nevada K/16th.
1997 Sestriere DH/15th, K/13th.
Olympic Games
1992 Albertvill SG/25th, K/4th.
1994 Lillehammer DH/24th.
1998 Nagano DH/1st
World Cup
2. DH: Chamonix 94, Vail 98-I, Wengen 98-II.
3. DH: Val Gardena 94-II, Kitzbuhel 98-I.
4. DH: Whistler 95.
5. SG: Valoire 91.
6. DH: Val d'Isere 95-I, Kitzbuhel 98-II, Crans Montana 98.

 ワールドカップ未勝利の10年選手、ジャン・ルック・クレティエが長野オリンピック滑降で金メダルを獲得した。オリンピックの勝利がビッグイベントの初優勝というラッキーな男。94年、シャモニー(FRA)の滑降で2位、同年、バルガルデナ(ITA)の滑降で3位、95年、ウィスラー(CAN)の滑降で4位と、もうすでにピークは過ぎたと思われていただけに、長野での滑降金メダルはまさにラッキー以外の何ものでもない。オリンピックや世界選手権などのビッグイベントに付き物の、これが「運」と言うものだろう。クレティエの名誉のために言っておきたいが、「運」は良かったが決して「フロック」などではない。クレティエの後ゼッケン4番で滑ったヘルマン・マイヤー(AUT)の大転倒が全てを変えてしまった。クレティエのようなアグレッシブな滑りが後の選手に出来なくなってしまったからである。一言で言えば後の選手は「コースに負けていた」。そして度重なる長時間の中断のためにコースコンディションが見る間に悪くなっていった。インスペクションでイメージした滑りが出来ない状態になってしまった。これが全てである。

 1998/99シーズンは12月バル・ガルデナ滑降の2戦目で大転倒し、大怪我(膝の靱帯断列と腕の骨折)をしてリタイアを余儀なくされた。この転倒につきレースの組織委員会とクレティエの間で抗争中である。「転倒した地点に防御用のフェンスがなく、そのために岩の上に転がり落ち再帰不能の怪我を負ったのは組織委員会の重大な手落ちである」と言うのが提訴の理由である。

 その後の経過だが、クレティエはフランスのテレビのインタビューで「2000-2001年のシーズンに向けて復帰したい。世界選手権があるのでそのためのトレーニングを開始した」と語った。だが2000年6月6日引退を発表した