SKI&SKI Top
AAMODT Kjetil-Andre (NOR)
1971年9月2日 Oslo(NOR) 生まれ、 Residence: Monaco
身長 176cm / 体重 85kg

Club: Nordstrand IF

※2007年1月6日引退を発表

SKI: Dynastar
BOOTS: Lange
BINDING: Look

Aamodt. Are 93 SG/1st Aamodt. Wengen 00 SL/1st
Are 93 SG/ 1st Wengen 2000 SL / 1st
Aamodt. Oppdal 93 GS/1st Aamodt. Kitzbuhel 99 DH/2nd
Oppdal 93 GS/ 1st Kitzbuhel 99 DH/ 2nd
Aamodt. Stanton WM01 Combi/1st Aamodt. SLC OWG02 Combi/1st
St.Anton WM 01. Combi/ 1st Salt Lake 2002 Combi/ 1st-DH
Aamodt. SLC OWG02 SG/1st Podio Aamodt. SLC OWG02 SG/1st
Salt Lake 2002 Mens super-G, Podium Salt Lake 2002 Men's Super-G/ 1st

1994 Overall Champ
'94 Overall Champion
2000 SL Champion
2000 Slalom Champion
Salt Lake City 02
Salt Lake 2002
World Cup Ranking
General
1990/39th, 1991/17th, 1992/13th, 1994/1st, 1995/5th, 1996/10th,
1997/2nd, 1998/4th. 1999/2nd, 2000/2nd, 2001/7th, 2002/2nd, 2003/3rd.
2004/-, 2005/26th, 2006/8th,
Special
1993 GS/1st, SG/1st,.1994 GS/2nd,.
1997 GS/2nd,.
1998 GS/9th,.SL/13th,.DH/12th
2000 SL/1st, K/1st, DH/13th, SG/13th, GS/9th.
2001 DH/36th, SG/10th, GS/16th, SL/7th.
2002 DH/6th, SG/6th, SL/9th, GS/16th, K/1st.
2003 SG/4th, DH/7th, SL/23rd, GS/14th.
2005 DH/28th, SG/14th, GS/40th.
2006 DH/6th, SG/5th, K/5th.
World Championships
1991 Saalbach SL/12th, SG/2nd,.
1993 Morioka Shizukuishi SL/1st, GS/1st, K/2nd
1996 Sierra Nevada DH/27th, SL/8th, SG/3rd, K/6
1997 Sestriere DH/9th, GS/6th, SG/8th, K/1st
1999 Vail DH/3rd, SG/9th, SL/7th, K/1st
2001 St.Anton K/1st, GS/2nd, SL/7th, SG/18th,
2003 St.Moritz. K-3rd,
2005 Bormio. SL/14th, SG/22nd, DH/23rd, K/DSQ.
Olympic Games
1992 Albertvill SG/1st, GS/3rd, DH/26th
1994 Lillehammer DH/2nd, K/2nd, SG/3rd, GS/12th
1998 Nagano DH/13th, SG/5th.
2002 Salt Lake City DH/4th, K/1st, SG/1st, GS/7th, SL/7th.
2006 Torino. DH/4th, K/DNS, SG/1st,
World Cup-
21 w. (1 DH, 6 GS, 5 SG, 1 SL, 8 K)
1. DH: Chamonix 94,
SG: Aspen 92, 93,.Kvitfjell 93, Are 93, Lillehammer 96,
GS: Sestriere 93, Oppdal 93, Are 93, Hinterstoder 94, Vail 94, Adelboden 97
SL: Wengen 00,
K : Chamonix 94, 00, Kitzbuhel 98, 99, 00, 02, Wengen 02, 03,
2. DH: Kitzbuhel 99-I, 02, Lake Louise 06,
SG: Panorama 92, Val d'Isere 94,
GS: Crans Montana 92, Val d'Isere 95, Park City 98, Adelboden 99,
SL: Garmisch 93, Arte 93, Veysonnaz 93, Kitzbuhel 94, Sierra Nevada 99,
Chamonix 00, Todtnau 00, Adelboden 00,
K : Garmisch 93, Veysonnaz 93, Kitzbuhel 94, 97, Chamonix 97, Wengen 99,
Kitzbuhel 00, wengen 06,
3. DH: Kvitfjrll 99-I, Val Gardena 02-II, Lake Louise 03, Kitzbuhel 03,
SG: Bad Kleinkirchheim 93, Garmisch 06,
GS: Soelden 94, 97, Park City 94, Tignes 95, Bormio 95, Kranjska Gora 97,
Park City 99, Flachau 99, Tignes 00, Adelboden 03,
SL: Park City 97, Schladming 99, Ofterschwang 99, Beaber Creek 2000,
Park City 01,
K : Veysonnaz 96, Kitzbuhel 01,

 シェティール・アンドレ・オーモットはアルベールビル(FRA)五輪を半年後に控えた1991年の夏、南米チリでの合宿中に食事に出された卵に当たり体調を崩した。シーズンイン間近の11月それが原因で突然発病し、「単核症(mononucleosis)」で2週間をベッドで過ごした。1月に入ってからレースに復帰し、そして迎えたアルベールビル(FRA)オリンピック。大会第9日目、オリンピックのために新設されたバルディゼールの過激なコースを果敢に攻め、病み上がりのオーモットが自身ビッグイベントの初勝利、そしてノルウェーにスタイン・エリクセン以来40年ぶりのアルペン種目金メダルをもたらした。

 翌1993年、盛岡・雫石の世界選手権では大回転、回転で金メダル、コンビで銀メダルを獲得し、ノルウェーチーム躍進の原動力となった。

 ワールドカップの初優勝は、翌94年、シャモニー(FRA)のアールベルグ・カンダハー滑降である。この年地元リルハンマーで行なわれたオリンピックでは絶対本命視されていた滑降で、アメリカのトミー・モーの後塵を拝し銀メダル、またコンビでも同僚のラッセ・シュースに次ぐ銀メダル。さらに最も得意とするスーパーGでもベテランのマルクス・バスマイヤー(GER)とトミー・モーにやられ銅メダル。だがワールドカップでは総合でノルウェー初の総合タイトルを獲得した。

 オーモットは、18歳でジュニア世界選手権(90年、スイス・ツィナル)の滑降とスーパーGで金メダル、回転と大回転で銀メダルを獲得し輝かしいスキー人生のスタートを切った。彼のコーチは父親のフィンである。マーク・ジラルデリ(LUX)の父親と同様に常に付きっきりで、ヘッドコーチのディエター・バーチとの間で強化方法に付き軋轢が耐えなかったという。95年、リルハンマーでのワールドカップ最終戦の後、バーチは解任され、またフィンもチームを去った。ノルウェーチームもチームとしての総合力は落ちたが、トム・スチアンセンやハンス・ペテル・ブロースなどの若手の台頭により勢いを取り戻した。

 '99シーズン、オーモットは全種目に満遍なく上位入賞して得点を稼ぎ、同僚のラッセ・シュース(NOR)と最終戦まで熾烈な総合タイトル争いを演じた。総合2位にはなったがトップのシュースとのポイント差はわずかに23ポイント差でしかなかった。

 2000年1月16日、シャモニーの男子回転でオーモットは回転初優勝を上げた。'93年の盛岡・雫石世界選手権の回転で勝っているがワールドカップではこれが初優勝。ワールドカップ5種目制覇4人目の男になった。ちなみに他の3人とはマーク・ジラルデリ(LUX)、ピルミン・ツルブリッゲン(SUI)、ギュンター・マーダー(AUT)。このシーズンはスラローム全レースに出場し種目別のタイトルを獲得。また総合でもヘルマン・マイヤーに次ぐ2位を確保した。

 2001シーズンは全てのレースに出場し全ての種目で得点を重ねたが表彰台の中央には一度も立つことは出来なかった。

 2002シーズンはウェンゲンとキッツビューエルのコンビで優勝し、ソルトレーク・オリンピックのコンビとスーパーGで金メダルを獲得した。金メダルのコレクションはオリンピック3個、世界選手権5個、合計8個になった。2006年のトリノオリンピックでも金メダルを狙うと明言した。

 2006年トリノ・オリンピック男子スーパーGで優勝したのはノルウェーの大ベテラン、メダルコレクターのシェティール・アンドレ・オーモット(34歳)。優勝タイムは1分30秒65。オリンピックのスーパーGで3個目の金メダルである。14年前の1992年、アルベールビル・オリンピックのスーパーGで初めての金メダル.。2002年、ソルトレーク・シティのスーパーGで2個目の金メダル、そして今回3個目の金メダル。2002年はコンビでも金メダルを獲得しているから、4個目のオリンピック金メダルということになる。

 オーモットは2003年の10月、このシーズンの開幕戦の行なわれるソールデン(AUT)でトレーニング中に右足を骨折し、2004シーズンを棒に振った。復帰してきた2005シーズンは良いところがなく、ボルミオの世界選手権もメダルなしに終わった。だが2006シーズンは以前には及ばないまでも、トップシーンに復帰してきてトリノで金メダル。その執念には頭が下がる。

 2007年1月6日、引退を発表した。

Biorama Basel